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東京地方裁判所八王子支部 昭和44年(むハ)24号 決定 1969年5月09日

被告人 檜山政克

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する出入国管理令違反被告事件につき、東京空港警察署司法警察員細川忠義が昭和四四年四月二二日なした押収処分に対し、右被告人の弁護人竹沢哲夫より準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件申立を棄却する。

理由

本件申立の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

当裁判所の取寄にかかる本件捜査記録によれば、被告人が昭和四四年三月一一日東京地方裁判所に出入国管理令第七一条違反の罪で起訴されたこと、(尚同事件はその後同被告人の東京地方裁判所八王子支部昭和二五年(わ)第四四七号公務執行妨害、傷害被告事件に併合して審理する旨決定されている。)警視庁東京空港警察署司法警察員警部細川忠義が同年四月一五日東京簡易裁判所裁判官小島建彦発付にかかる捜索差押許可状に基き同月二二日午後三時三〇分横浜市中区新港町一丁目一番地横浜税関万国橋旅具検査場内において、同被告人立会のもとに、申立人の主張にかかる別表記載の封書一通外二六点を差押えたことは所論のとおり認めることができる。

一、(本件押収処分は違法であるかどうか)

申立人は、検察官は自ら提起した公訴の維持に確信をもつている筈であるから、起訴後四〇日余を経過してなされた本件押収処分自体違法である旨主張するのであるが、検察官が公訴提起当時、公訴維持に必要な程度の証拠を有していなければならないという事と、公訴提起後捜査官においてどの限度で捜査活動ができるかの問題とは本来別個に論ずべき事柄であつて、前者の要請から直に本件押収処分の違法性を云々する申立人の主張は失当という外はない。もつとも公訴提起後当該事件につき捜査官の側において公訴維持のため必要な強制捜査ができるかどうかについては、周知のとおり現行刑事訴訟法の当事者主義的訴訟構造から、特に捜査官による被告人の取調べの可否をめぐつて見解が区々に分れているのであるが、その点は別として少くとも本件のごときいわゆる対物的強制処分については、たとえそれが被告人所有の物に向けられたものであつても、当該事件の第一回公判期日以前までは(同期日以後は公判裁判所の強制処分を促すのが原則である。)捜査官において刑事訴訟法一九七条に基き、適法に、裁判官の発する令状に基いて捜索、差押等の強制処分をなし得ると解すべきであり、かく解しても前記当事者主義的訴訟構造に背反するとはいい難いのである。

尚又捜査官側において何故本件押収処分を公訴提起後にしなければならなかつたかの経緯について調査すると、被告人は昭和四四年二月一八日午後一時三五分東京国際空港到着の日ソ共同運航四四〇便で旅券を持たずに入国したため係員に出入国管理令違反容疑で逮捕され、所持品を押収されたが、押収品の中に「携帯品別送品申告書」があり、その記載内容から別送品三五個のあることが判明したが、被告人において右別送品はソ連邦において船で発送するよう依頼し、横浜港に到着することをのべただけでその余の事実については供述を拒否したこと、そこで捜査官側において鋭意右別送品の搬入経路等について捜査(その目的が、被告人の密出国の時期等の確認のためであることは明白である)を開始すると共に、同年三月五日大森簡易裁判所に対し右別送品三五個に対する捜索差押許可状を請求し、その発布をうけたが、捜査の結果別送品搭載船を事前に確認することは不可能であり、日本到着は発送後通常三〇日間かかる事実が判明したので、被告人(身柄勾留中)に対し同月一一日前記のごとく公訴を提起したこと、その後捜査官側において同年四月四日ソ連船ハバロスク号が横浜に入港し、問題の別送品三五個が陸揚げされ株式会社住友倉庫横浜支店の倉庫に保管中である事実を探知したので、同月一五日改めて、捜索すべき物の特定により適正を期するため東京簡易裁判所より前記令状の発布をうけ直した上、同日横浜税関に赴き、税関係員と右別送品差押の時期について接渉した上、同日午後三時二〇分ごろ通関手続の終了をまつて右別送品三五個につき捜索した上、前記のごとく内二七点につき本件押収処分をしたことが認められ、右事実によれば本件公訴提起当時問題の物件は日本国内になくしたがつて押収することは不能であつたことが明白であり、かかる経緯も本件押収処分の適法性を認むべき事情であるということができるのであつて、他に本件押収処分自体の違法を窺わしめる事由は何ら存しないから申立人の主張は採用できない。

二、(本件押収処分が不相当であるかどうか)

次に申立人は本件押収物件の中には被告人の出入国管理令違反事件の証拠として相当でない物があると主張するので、右押収物件について検討を加える。(尚本件押収物件のうち別表番号8乃至10、11の四巻のうち二巻、12乃至14、17、18、20乃至23については昭和四四年五月五日被押収者である被告人において仮還付をうけているので、事実上押収の処分は解かれているが、法的には押収処分は存続していると解すべきであるからかかる場合右処分の取消を求める実益があるかどうか一個の問題であるが、仮還付をうけた物件についてはその殆んどすべてが本案判決と同時に還付の言渡があつたものと見做されるのが実務の実情であるから、仮還付をうけた物件については、捜査官側から再度提出を命ぜられる等特段の事情が存しない限り、法的に残存する押収処分の取消を求める法律上の利益を欠くといわねばならないから右物件に対する本件申立は失当という外はない。)凡そ密出国に関する出入国管理令違反の事件においては、被告人の密出国の時期が訴因の特定との関係で公判において争われるケースが多いことは裁判上顕著な事実であるから、捜査官の捜査の重点が、被告人の国外在住の期間と、その継続性におかれることは当然であるといわねばならないところ、本件押収物件を仔細に検討すると、いずれもその物件中に記載された文字又は日附の消印等から、被告人の国外在住の時点を立証すべき証拠物件であると認められるので、本件押収処分は相当であり、他に右処分の不当を窺わしめる事由は何ら存しないから、申立人の主張は採用できない。

よつて本件申立は理由がないから刑事訴訟法四三二条、四二六条一項後段により棄却することとし主文のとおり決定する。

別紙および別表(略)

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